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「ういろう」とは
■【ういろう】について
「外郎」は、今から600年位前(室町時代)に今の中国から陳宗敬が伝えた薬で、
この薬の外にモチ米、ウルチ米、葛粉と砂糖で作られた菓子。これが形や色が
薬の外郎に似ていた処から、「外郎餅」と呼ばれ、これが菓名となりました。
−大須ういろのサイト【http://www.osu-uiro.co.jp/】より
●ういろうの名前の由来は?
およそ600年前の中国が元の時代、礼部員外郎(れいほうえんういろう) という
薬の調達をする官職にあった陳宗敬(自ら陳外郎と称した)が、日本に帰化し、
せきや痰に効く薬を伝えた。その子宗奇は室町幕府三代将軍の足利義満に
招かれこの家伝の薬を作り「透頂香」あるいは「ういろう」と呼んだ。
また、客を接待するためにお菓子の製法も伝えたが、それが黒色・四角で
「透頂香」と似ていたところからお菓子の方も「ういろう」と呼ばれるようになりました。
●お菓子のういろうの歴史は?
お菓子のういろうの起源をはっきりと記した文献はありませんが、
寛永年間(1642年〜)にはお菓子のういろうが存在していたようです。
江戸時代の「倭漢三才図絵」や享保三年(1718年)刊行の
「古今名物御前菓子秘伝抄」の中には『ういろう餅』の名が記されています。
●ういろうはどうして名古屋名物になったのか??
ういろうは名古屋地域では1659年(万治2年)頃から作られていたようですが、
昭和6年に青柳ういろうの拡販をはかり 名古屋駅構内とプラットホームの立ち売りを
開始、昭和12年に汎太平洋博で新築された国鉄名古屋駅で名古屋名物として
売られました。
昭和27年には竹皮包みからアルミ箔のラミネート包装にし高圧滅菌する製法になり、
日保ちが良くなりました。
昭和38年に現在と同じようなフイルム包装に自動注入するオートメーション設備が
完成。翌39年に東海道新幹線が開通すると、名古屋では青柳ういろう一店だけが
選ばれ、全列車内での車内販売を近年まで実施していた。
このように技術革新と販路の拡大で名古屋名物が定着しました。
−青柳ういろうのサイト【http://www.aoyagiuirou.co.jp/】より
そうなんだと思わず読んでいました(*^▽^*)ゞ
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